
新たな扉
すべての始まりは、昨年の那覇マラソンだった。フルマラソンに参加したものの、ハーフ地点で無念にも時間切れのリタイア。完走できなかった悔しさと共に、私は自分自身の課題と向き合うことになった。スタミナ、ペース配分、そして精神力。これらの課題を克服するためのトレーニングとして、直感的に心に浮かんだのが「登山」だった。
走り続けるマラソンとは違う、一歩ずつ大地を踏みしめて高みを目指す行為。そこには、私が求めている答えがあるのではないか。そう考えたのだ。
練習のつもりで始めた登山は、いつしか私を深く魅了し、今ではマラソン以上に心を掴まれてしまったかもしれない。 そして、マラソンへの課題克服と、自分自身への挑戦の舞台として、私は神居尻山(標高946.7m)を選んだ。

雨のち晴れ、そして気づき
登山当日、美唄から登山口へ向かう車窓を叩いていたのは、冷たい雨だった。高まる気持ちとは裏腹な空模様に、一抹の不安がよぎる。しかし、不思議と私には確信めいたものがあった。「きっと、晴れる」。なぜなら、人生の大事な局面で、私はいつも天候に恵まれてきたからだ。
その予感は的中した。登山口の駐車場に到着すると、それまでの雨が嘘のように止み、雲の切れ間から力強い太陽の光が差し込んできたのだ。天が「行け」と背中を押してくれたような気がして、深く感謝しながら最初の一歩を踏み出した。
登り始めてすぐに、私は登山が持つもう一つの側面に気づかされる。それは、人生やビジネスの縮図だということ。 早く山頂に着きたいと焦り、駆け足になれば、すぐに息が上がって体力を消耗してしまう。しかし、周囲のペースに惑わされず、自分自身の呼吸と心拍に耳を澄ませ、一歩、また一歩と、コツコツと同じペースで歩みを進めれば、身体は不思議と疲れない。
結果を急ぐあまり、無謀なペースで突き進んではいないか。他者と比較し、意味のない消耗戦を繰り広げてはいないか。神居尻山の登山道は、私に静かに、だが厳しく問いかけていた。

360度の絶景と、新しい視点
いくつもの坂を越え、ついに視界が開けた瞬間、言葉を失った。 山頂だ。人生で初めて、自らの足でたどり着いた山の頂。
目の前には、遮るもののない360度のパノラマが広がっていた。幾重にも連なる山の稜線が描く、荘厳で美しい曲線。遥か遠くには、太陽の光を反射してきらめく石狩湾。そして、いつも美唄の街から眺めていたピンネシリの山を、今、私はその裏側から見ている。

いつも見ていた景色も、立つ場所を変えれば全く違う表情を見せる。この当たり前の事実に、私は深く心を動わされた。物事の一面だけを見て、すべてを理解した気になってはいけない。視点を変えれば、そこには必ず新しい発見や解決策がある。
厳しい道のりを乗り越えた者だけが見ることのできる、この絶景。込み上げてきたのは、純粋で力強い達成感だった。

自分のペースで、頂へ
神居尻山が教えてくれた真理は、シンプルだ。 「自分のペースで、着実に歩み続けること。そうすれば、必ず頂にたどりける」
この経験は、私の仕事観、そして人生観に、揺るぎない確信を与えてくれた。これからも私は、目の前の課題に、お客様一人ひとりに、誠実に、一歩ずつ向き合っていこう。そしていつか、自分だけの山頂から、最高の景色を眺めるのだ。
今回の登山は、私にとって単なるアクティビティではなかった。それは、未来への歩み方を教えてくれた、忘れ得ぬ「挑戦と達成」の物語である。
