効率化、生産性、KPI。現代のビジネスシーンは、常に数字と背中合わせです。しかし、どれほど高度な管理システムを導入しても、組織の「人間関係」や「エンゲージメント」の悩みが尽きることはありません。
そんな時、私はふと数万年前の縄文時代に思いを馳せます。厳しい自然の中で、彼らはどうやって一つの「集落」というチームを維持し、1万年もの平和な時代を築き上げたのでしょうか。
「機能体」ではなく「共同体」としての組織
現代の組織の多くは、目的を達成するための「機能体」です。しかし、縄文の集落は、生きることを分かち合う「共同体」でした。
狩りをするのが得意な者、美しい土器を焼く者、集落の火を絶やさぬよう守る者。そこには現代のような上下関係ではなく、「それぞれの得意が、誰かの生存を支えている」という圧倒的な相互信頼がありました。これこそが、今私たちが人的資本経営で目指している「個の多様性を活かす組織」の原点ではないでしょうか。

「火守り」という重要な役割
私が特に注目したいのは、集落の「火を守る」役割です。目立つ成果(獲物)を上げるわけではありませんが、火が消えれば集落の命運は尽きます。地味だけれど、組織の根底を支える「文化」や「理念」を守り続ける人。縄文の社会では、こうした役割も等しく尊ばれていました。
「正しく古いものは、時代を超えて永遠に新しい」
効率だけを追い求め、支える人々を軽視する組織は、いつか芯から冷えてしまいます。縄文人が大切にしていた「お互いの存在への敬意」を現代のマネジメントに取り入れること。それは、一見古臭いようでいて、実は最もイノベーティブな組織改革なのかもしれません。
「個」が輝き、その熱が熾火(おきび)のように組織全体を温める。
1万年続く組織を創るために
縄文時代が1万年以上も続いた理由は、彼らが「奪い合い」ではなく「分かち合い」を選び、一人ひとりの役割にスポットライトを当て続けてきたからだと言われています。私たち現代のリーダーも、最新のツールを使いこなしながら、その根底にある「縄文の心」を取り戻すべき時が来ているのかもしれません。
ヤンバルの森で薪を拾いながら、そんな「永遠に新しい組織」の形をこれからも探求し続けたいと思います。